【12月の大邱】達城韓日友好館~鹿洞書院を訪れる

大邱市の中心部からバスに揺られて約25㌔。
のどかな山間の村までやってきました。
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訪れたのはこちら「達城(タルソン)韓日友好館」
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日韓友好を図るための場所として、2012年に開館しました。





まず最初に映写室で日本から朝鮮に帰化した武将「沙也可(さやか)」の生涯を描いた3Dの映像を見ます。
(3Dの映像が結構迫力あります)
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それから文化解説士のソン・スジャさんに館内の説明をしていただきました。
(日本語で説明して下さったので助かりました)
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ここで名前の出た日本人「沙也可(さやか)」ですが・・・。
実はその実像についてはかなり不明な点も多いのだそうです。
現存する資料などに記載されたところによれば、



「和歌山出身の武将で文禄慶長の役(韓国では壬辰倭 乱(イムジンウェラン))の時加藤清正の部下として釜山に渡ったものの、豊臣秀吉の出兵に大義なしと、3,000人の部下を率いて投降。
その後火縄銃の記述を朝鮮に伝えて戦功をあげ、時の王から金海金氏の姓を賜り、金忠善と名乗って帰化人となった。
現在の大邱近郊の友鹿洞に土地を与えられ、儒学を修めながら朝鮮の地で生涯を閉じた。



という生涯だったようですね(出身地に関しては諸説あり)





金海金氏の世譜(せいふ)家計に関する記録ですね。
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沙也可の直筆の書と伝えられています。
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沙也可の日本の武将姿と帰化してからの武将姿。
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沙也可の出身地である和歌山県とはずっと交流があり、館内にも和歌山県から贈られた雛人形や日本古来の衣装が展示されています。
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友好館を出た後は隣接する鹿洞書院(ノクトンソウォン)へ。
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若き儒学生たちが学んだ鹿洞書院。
一時は朝鮮26代王・高宗の実父である興宣大院君の書院撤廃政策により廃院となるもその後再建され、70年代に入り今の地に移築されたそうです。
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大邱を終の棲家と定め、友鹿洞(ウロクドン)という名の通り、山麓からやってくる野生の鹿たちを友として戯れながら過ごしていたのでしょうか。




この向陽門は海を越えた遥か遠くの日本を向いて建てられているそうです。
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この鹿洞書院から向陽門越しの空を見上げながら、沙也可は二度とその地を踏むことのない故郷に思いを馳せていたのでしょうね。


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■達城韓日友好館(달성 한일우호관)
住所:大邱広域市 達城郡 嘉昌面 友鹿キル206(대구광역시 달성군 가창면 우록길 206 (가창면))
TEL:053-767-5751

■鹿洞書院(녹동서원)
住所:大邱広域市達城郡嘉昌面友鹿ギル218 (대구광역시 달성군 가창면 우록길 218 (가창면))
TEL:053-767-5790
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2016-01-31 22:55 : 大邱観光 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

ポテサラ男爵

Author:ポテサラ男爵
                           ポテサラは外で食べるのも家で作って食べるのも大好き!
韓国の食と文化にも興味があり、年に数回韓国の各都市(最近は特に大邱市が多いです)を訪れています。
日々是好日。
ご笑覧いただければ幸いです。

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